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イタイイタイ病裁判弁護団副団長、近藤忠孝さん亡くなる。

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 5日午後、日本共産党の元参議院議員、近藤忠孝さんが京都市内の病院で亡くなる。81歳。近藤さんは1972年、イタイイタイ病裁判全面勝訴に導いた原告側弁護団の副団長。全国の公害裁判での住民勝訴第1号であった。

 名古屋高裁での全面勝訴判決を勝ち取った原告団は、その日の夕方のうちに、富山駅から約200名がバス4台で三井金属鉱業本社に乗り込み、11時間に及ぶ交渉のすえ、2つの「誓約書」と「公害防止協定」に調印した。この3つの調印「文書」が、それから40年間、汚染原因企業の費用負担のもと、被害住民の認定と補償を行い、汚染土壌の復元と毎年の住民による汚染原因企業の立ち入り調査などを継続させる土台となった。弁護団の見事な、判断と指導だったと言える。

 私は、1974年近藤さんが日本共産党から参議院選挙に立候補した選挙を、初めて手伝った。富山選挙区候補は、故佐竹周一さん。この選挙後、私は日本共産党に入党した。私にとっても、生涯忘れられない選挙となった。

image002 勝利判決後40年目の昨年4月、富山県立イタイイタイ病資料館が、汚染原因企業からの5億円の資金提供を受けて、竣工した。この資料館実現を、犬島はじめ党県議の時から、県議会は超党派で後押ししてきた。犬島さんも、県議会や運動組織のなかで、他会派調整の要として大きな役割をはたされた。

 昨年4月29日の竣工式には、歴史的たたかいを担ってきたみなさんが、お顔を揃えた。写真は、近藤忠孝さん、高木良信イタイイタイ病対策協議会副会長、本田季良日本共産党元婦中町議、のみなさんと。近藤忠孝さんの偉業をたたえ、心からご冥福をお祈りいたします。

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